エステティックの歴史とロマン
「エステティック」の語源は、紀元前500年頃のペルシャ大王の妃であるエステルという女性の美しさからきているといわれています。
大妃候補の女性たちは投薬を6カ月、さらに特別な香水で6カ月と、およそ1年かけて美容に勤しみ、そして豪華な衣装や宝石を身に着けたそうです。
その美女たちの中の一人であるエステルは、誰よりも美しく教養もあったことから、王の寵愛を受けて王妃となりました。
「エステティック」を日本語では「エステ」と略しますが、英語やフランス語では略さずに表現します。
「エステサロン」や「エステティシャン」という言葉は、実は和製英語なので、外国では伝わりません。
日本で「エステ」というと、一般的には全身のケア、美容効果、リラクゼーションなどの意味合いで認識されています。
西洋では「美学」「美意識」「美しさ」という意味で使われ、フランスでは美しさをあらわす形容詞となっています。
美学や美意識をさまざまな観点から追求していくことが、「エステティック」の本来の意味なのです。
エステの歴史はとても古いとされています。
その歴史を辿りながら、現在のエステサロンの形になるまでにどのような発展を遂げたのかをみていきましょう。
エステの起源はエジプトだと言われています。
エジプト・ヨーロッパ・中国・インドなどさまざまな地域でエステの原型となる美容法が見られますが、エジプトでの美容の歴史は世界で最も古いといわれており、エステの発祥は古代エジプトの時代までさかのぼるとも考えられています。
その時代は紀元前数千年前ですから、今から3000年以上も前ということです。
エジプトといえば、絶世の美女として語り継がれたクレオパトラはとても美意識の高い女性であったと広く知られています。
クレオパトラは紀元前69年から紀元前30年を生きた古代エジプトの女王で、使用人に行わせていたマッサージは、現代のエステの原型です。
さらに、ボディマッサージやフェイシャルマッサージだけではなく、ヘアケアやネイルケアもしていたという記録が残っています。
中でもクレオパトラはバラやフランキンセンスの香りを好んだとされ、入浴時にバラの香油を用いたり、香水として使ったりしていたようです。
そのほかにも金箔を美容に使用したり、ミルク風呂に入浴したりと、さまざまな美容法を試していたといわれています。![]()
その後、エステはフランスで発展しました。
エステという言葉が現在のように全身の美容術を表すようになったのは、あるフランス人女性の美容術が一般化したことによるそうです。
そのフランス人女性の名は、ニノン・ド・ランクル。
ランクル夫人は今から約300年前のフランス、ルイ14世の時代を生きた女性で、職業は高級娼婦でした。
娼婦といっても高級娼婦は優れた美貌を持ち、教養や上品な作法を身に付けた人々で、ランクル夫人は格式高い社交界のマダム的な存在でした。
そのときすでに70歳を超えていたにもかかわらず、彼女の見た目は30歳くらいにしか見えなかったといいます。
そのせいで、若い男性や世間を惑わせる何か怪しげな術使いか魔女のような存在なのではないかと噂が立ち、ルイ14世に呼びだされることとなります。
しかし、実際に彼女を一目見たルイ14世は、その若さと美貌に驚き、「ぜひその衰えない美しさの秘訣を教えてほしい」と教えを請うたといわれています。
ランクル夫人が行っていた美容術は非常にシンプルなマッサージで、首の「のどぼとけ」の下にある「甲状腺」を刺激し、若返りホルモンを活性化することだったそうです。
現在のような他人に施してもらうエステの形が生まれたのは18世紀フランスだとする説もあります。
18世紀になると、マリー・アントワネットなどのフランス貴族の女性たちの間でハーブを使ったエステやミルク風呂が流行し、使用人によるマッサージなども行われました。
この頃のフランスは貴族全盛期時代で、フランス貴族の女性たちとって美の追求は日常的な研究課題だったそうです。
この時代から、エステという言葉が「施術」として「他人に施してもらう」「美しくなるための術」という意味を持つようになったと考えられています。
19世紀初めごろ、エステは現在のように「エステティックサロン」に通って受ける形に移り変わりました。
オーストラリアのメルボルンでヘレナ・ルビンスタインによって開業されたのが最初といわれています。
ヘレナ・ルビンスタインはオーストラリアで化粧品関連のビジネスに従事していました。
1902年に世界初のエステティックサロン「ヘレナ ルビンスタイン ビューティーサロン」を開業し、その後1908年にロンドンにサロンを展開。
さらに、1913年にはフランス・パリで独自のフェイシャルマッサージを生み出しました。
その頃から、現代では当たり前になっている「人それぞれ肌質は異なるため、自分の肌に合ったスキンケアアイテムを使う」という考え方が広まっていきます。
また、売り場には石鹸やヘアネットなどの必需品だけでなく、女性が憧れる口紅ケースや魅力的な商品も並べられ、化粧品を販売する際の演出も華やかに。
さらに、初めて科学を美容に取り入れたことによって、画期的なアイデアでたくさんの美容製品を生み出し、美意識の高い女性の美的欲求をさらに刺激しました。
こうしたヘレナ・ルビンスタインの革新的な概念は、現在のエステ業界に今でも受け継がれ続けています。
日本のエステを語る上で、重要人物は芝山兼太郎氏です。
芝山兼太郎氏は、1895年(明治28年)に横浜に理髪店を開業しました。
その2年後、自身の理髪店に婦人部を設けます。
さらに1905年(明治38年)、芝山兼太郎はアメリカ人のドクター・W・キャンブルーより教わった血行療法を用いたマッサージ「キャンブルー式フェイスマッサージ」を始め、これが日本のエステの始まりといわれています。
のちに名称が「美顔術」と改められ、さらに美顔術に改良が加えられたものが「芝山式美顔術」となって普及しました。
その後、芝山兼太郎の娘である芝山みよかは、日本の戦後におけるエステのさらなる普及に大きく貢献しました。
1947年(昭和22年)、繁盛していた美容室に皮膚科を併設し、戦争ストレスによる女性の肌トラブルのケアに従事。
1951年(昭和26年)には、エステの本場フランスへ渡り「ヘレナ・ルビンスタイン」でエステを学びました。
1952年(昭和27年)にはついに、フランスとアメリカで学んだ美容法やメイクアップ技術をもとに、松坂屋銀座店に「サロン・ド・ボーテ」を開業。
これが日本の本格的なエステティックサロンの始まりとなりました。
1970年代に入り、一般家庭にも少しずつ経済的余裕が出てくると、テレビに出演する芸能人への憧れなどもあり、多くの女性達の間でエステへの関心が寄せられるようになります。
1980年代には総合エステサービスを提供する美容サロンが生まれ、現在のように、日本全国に展開されることになりました。
私が取得したINFA国際ライセンス「ゴールドマスター」は、国際エステティック連盟(INFA)が認定するエステティシャンの国際資格です。合格者はインターナショナルエステティシャンとして認められ、このライセンスを所有することで、INFAを高く評価しているヨーロッパ諸国をはじめ、世界各国で活躍することが可能です。さらに、国際試験で85点以上の成績を収めた優秀者には『ゴールドマスター』の称号が与えられます。
日本にエステの原型ができてから100年以上が経ち、エステサロンの数も増加しました。さらに美容医療クリニックも増え、美容に対するアプローチも多様化しています。しかし、最近では一般社団法人が運営する美容医療クリニックでのトラブルが増えているため、皆様もご注意ください。
今回、エステの歴史を振り返ることで、その奥深さとロマンを改めて感じました。
美容医療に比べて、エステティックは単に女性の皮膚を美しくするだけでなく、美学や美意識を磨く技術であると再認識しまた。
当店では、フェイシャルのコースを各種取り揃えており、また女性性を探求するワークショップや個人セッションも行っております。
貴方の美しさに磨きをかけるお手伝いをさせていただけたら嬉しいです♡
フェイシャルトリートメント
AFP(私らしいフェミニン意識と魅力の探求)
