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二元論で考えないこと 光と闇、対極にあるものは一つで繋がっている

女性性の探求に長年焦点を当ててきた私ですが、ここ最近は新しいフェーズに突入し、女性性への関心一辺倒ではなくなりました。
仕事でも、夫とのパートナーシップを育みながら、それぞれの中にある男性性と女性性をいい感じでミックスしたり、バランスを取ったり・・・試行錯誤を繰り返す日々を送っています。
また、自分の中の光と闇を統合していくこともテーマになり、中庸であることの重要性についても日々の出来事の中で感じることが多くなりました。

今年の夏、「ウマレカエリ」という映画の自主上映会をサロンで主催したのですが、「どんな自分も受け入れ、抱きしめ、愛することが地球を救う」といった光と闇の統合がテーマの映画でした。

そのような大きなテーマを扱うと、自分の中を見せられるような出来事が現象化するものです。
2日間で4回の上映をしたのですが、1日目は自分の中や外に溢れている光輝く部分に焦点が当たり、とても清々しく有意義な気分に満ち足りていたのですが、2日目になって、ちょっとした出来事で、影となって存在している闇の部分に焦点が当たりました。
自分の気づきのプロセスが発動して、自分の中にも闇があることに気がつき、抵抗する気持ちに見舞われた途端にギックリ腰になりました。
とてつもなく身体が重く、息をするのもやっとなくらい腰が痛くて動くことができなくなりました。
内側にも外側にも、光と闇は存在していて、どちらが「良い」「悪い」ではない、どちらもただ在るだけなのに、どうしてこんなにも闇を感じると苦痛が伴うのでしょうか。
更に追い討ちをかけるように、その上映会の最中に、同級生が自ら命を絶ったと友人から電話がありました。
私の腰痛は極まり、身動きが取れなくなり、その日は何もする気が起きず寝込みました。

その翌日に友人のお通夜に行きました。
その友人の死とカルマが見せてくれている何かを感じながら、できる限りご冥福をお祈りしました。
彼は元々才能も人を惹きつける力も持っていたにも関わらず、昔からステイタスを上げる事に執着が強い人でした。
外側にフォーカスが向き過ぎて、本音や本質と、外側に見せている自分との不一致による歪みが、どんどん大きくなりバランスを失ってしまったのかもしれません。
不調和によるエネルギーの消耗と枯渇が、目に見える現象となり、不調和から調和へと向かう導きが届かなくなってしまったのかもしれません。

彼の死やカルマに対する失望から、より本質で生きることの選択や、一人の人間の中にある光と闇が対立することなく一つに統合して、不調和を調和に変化させていく導きに委ねることを大切にしていこうと学びました。

光と闇のどちらも素粒子であるなら源は同じ。
わたしの中から現れる、そのどちらも受け入れて、ひとつに統合したところから何かが変わるのではないかと思います。

わたしは占星術を少し学びましたが、一人一人生まれてきた時の星の配置によって、刻んだエネルギーがあります。
それを「運命」「カルマ」というならば、刻まれたエネルギーは変わらないのでしょうか?
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ニュージーランドフラワーエッセンスのセッションでは、トートタロットカードを取り入れながらリーディングしていきます。
トートタロットカードも又、占星術や四元素、生命の樹など、様々な要素を含んでいる神秘的なカードです。
私の習ったトートカードリーディングでは、その人の意図や可能性を信頼することから、運命を切り開いていくご神託を受け取っていきます。

生まれた時に刻まれた星々のエネルギーと同じで、生まれた環境、性別、肉体的条件、魂や家系のカルマも含めて、個性的な運命があります。
誰しもが、大なり小なり、調和と不調和、光と闇をもってこの世に生を受けます。
でも、人との出会い、信じるもの、育まれた感性により、生きる人の意図や想いが変われば運命は大きく変化します。
人生の中で様々な出会いと別れを通して、自分の内側と向き合い、不調和を調和にしていく努力を積み重ねていくことでカルマは解消されると考えます。
自分自身がどう生きるかで、家系の系譜を癒し、調和に変化させるチャンスを、生きている間はわたしたちは持っています。
自分が生まれて来るときに刻んできた運命を受け入れて、活用できれば調和へと向かいます。
カルマに飲み込まれて心の闇に支配されれば不調和が続きます。

自分の人生で不調和と感じていること、そうカルマは、私たちを与えられた使命へと導く指針でもあるのかもしれません。
カルマは断ち切るものではなく、より魂を成長させるための導き手として正直に向き合ってみることが大切なのではないでしょうか。

二元論で考えないというテーマから外れてしまっているかもしれませんが、対極にあるエネルギーは真逆のものではなく、一つで繋がっているのであれば、その拮抗バランスを観察し、どちらかだけに偏らず、どちらのエネルギーも否定せず受け入れて中庸である意識を忘れずにいたら、運命に翻弄されることなく、山々のように揺るぎない大きな愛で自分も他人も包み込むことができるような懐の大きさを宿すことができるのかもしれませんね。