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死は美しい。別の世界へ入っていく瞬間なのかもしれない。

51170874_2013821358695651_6761941084269445120_n.jpg先代の愛犬モモが亡くなったのは、2018年9月9日。重陽の節句でした。
あれから、もう8年。
私が「死の瞬間」を看取ったのは、モモと叔母の二人です。
そして、二人とも私は、「とても幸せに、その先の世界へ旅立っていった」そんなふうに感じています。

友人のカミムラ・マリコさんが翻訳した『シャーマン・ヒーラー・賢者』という本があります。
その最終章には、「死、死に逝く過程とその先の世界」について書かれています。
死について。心の平安への準備。そして、死の儀式のステップ。
この本には、死を、ただ漠然とした「不安」や「恐れ」「悲しみ」として捉えるのではなく、その先の世界への旅立ちと綴られています。

私自身もまた、死は、生まれてくる時と同じくらい大切で、尊く、素晴らしい瞬間なのではないだろうかと感じています。

私の叔母は、病院に付き添うたびに、「なんで死ぬ瞬間を、自分で選択することができないのかしら」と、何度も何度も私に訴えていました。
耳の遠い叔母に、私はいつも大声で、「スイスとかに行かないと、安楽死は無理だよ」なんて言って聞かせていました。
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子どものいなかった叔母は、若い頃はいつも素敵な着物を着て、とてもお洒落で社交的で、何でも素敵にこなす人。
私にとって、憧れの女性でした。
叔父の介護を終えてから、がくっと年を取り、少し引きこもりがちになった頃、長野の老人介護マンションへ引っ越してきました。
その時にも、家を手放すための準備、墓じまい、そして自分が亡くなった後に残されたものを親戚が片付けるのが大変にならないようにと、ずいぶん前からいろいろなことを考えて、整えていました。
だからこそ、私たちは何も負担を感じずに、とても温かな気持ちで叔母を見送ることができました。
家族葬でしたが、とても素敵な人生の締めくくりだったと思います。

身体が思うように動かなくなり、これから先の楽しみな未来もなくなり、「人生の下り坂を、もう十分に降りきった」と感じた時、人は、「いつお迎えが来てもいい」と思うのかもしれません。
でも、愛着のある人たちにとっては、たとえ身体が辛くても、ただ生きていてくれるだけで心の支えになる。
だから、「もう少し生きていてほしい」と願ってしまう。それもまた、愛なのだと思います。
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叔母の呼吸が止まった瞬間。私は、深い安堵感に包まれました。
そして心から、「おばちゃん、おめでとう」と言うことができました。
病院でいつも、「早く逝きたい」と言っていた叔母。
やっとお迎えが来て、この不自由な身体から抜けて、魂が自由に羽ばたいていける。
「良かったねぇ」と思いました。
そして、使い古した身体をきれいに拭いて、「お疲れ様」と声をかけながら、丁寧にお化粧をしてあげました。
従妹のお姉ちゃんと、叔母との想い出話をしながら。
それは私たちにとっても、感謝と敬意を行動にして表す、宝物のような時間でした。
悲しみだけではない。とてもあたたかく、穏やかで、愛に満ちた時間でした。

images (1).jpg『シャーマン・ヒーラー・賢者』には、死を迎える人への大切なこととして、「生きている間に、家族の間で赦しと愛を声に出して伝えること」の大切さが書かれています。

死に逝く人から子どもへ。あるいは子どもから親へ。
「愛しているよ」その一言が、驚くほど大きな癒しになる。
人生の最後に、過ちを償い、赦し、愛を伝える。
それは、残された人にとっても、旅立つ人にとっても、大きな贈り物になるのだと思います。

そして、もう一冊。
『プレアデス+地球を開く鍵』には、死を迎える人への言葉として、こんな内容が書かれています。
「あなたは愛されています。あなたは美しい。いまあなたは、生まれたばかりの赤ちゃんのように、別の世界へと入っていくところです。
重荷となっている人やものを、すべて解放してください。すべてを手放してください。
あなたは人生を100%生きたのだと知ってください。あなたに対する裁きは何もありません。
心安らかに行ってください。顔には微笑みをたたえてください。あなた自身が抱いている裁きの気持ちも、すべて手放してください。
リラックスして、新しい存在の局面へ移行してください。」

そして、「人々が死ぬときに援助してあげることは特権なのです」と。

死に逝く人に寄り添うことは、悲しいことだけではない。
その人が地球を離れていく、その大切な瞬間に立ち会い、手を添え、安心して旅立てるように支える。
それは、残された私たちに与えられた、ひとつの大きな愛の仕事なのかもしれません。

32855345_1662239083853882_69068026216972288_n.jpgモモが亡くなる少し前。私は、モモに何度もこんなことを伝えていました。
「モモ、その時がきたら、後ろを振り向かずに高く高く昇っていくんだよ。私は寂しくて、悲しくて、しばらく泣いていると思う。
でも、気にしないで。天使について、高い高いところへ行くんだよ。
モモは素晴らしい子だから、天使たちと一緒に、きっと大仕事をすることになると思う。
だから、ここに留まらずに、素晴らしい世界へ旅立ってね。」何度も、何度も伝えました。

モモは、私がまだまだ人生が定まっていなかった3歳頃から9歳頃まで、とても寂しい思いをしていたと思います。
私自身が、自分の人生を生きることで精一杯だったから。
でも、モモが12歳くらいになった頃から、一緒にHALE PLUMERIAで同志として働くようになりました。
すると、モモも人生の終盤に、生きがいを見つけたようで、大病を乗り越えて16歳と6カ月生きました。
そして、いつも私を心から応援してくれた。
私の人生が、本来の流れに戻っていくように、精一杯導き、支えてくれました。

最期を迎えるまでの半年間は、私とマッキーで思う存分介護をすることができました。
その半年間で、私たちの間には、めちゃくちゃ深い絆が結ばれました。
私がモモに寂しい思いをさせてしまったこと。そのことへの申し訳なさ。
モモがずっと私を待っていてくれたこと。
そして、最後の半年間にたくさん触れて、話しかけて、抱きしめて、一緒に過ごした時間。
そこには、言葉では表せないほどの、大きな赦しが、お互いの間に起きたように感じています。
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(介護疲れで私たちの顔がボロボロだったのでハートで隠しています)
モモが亡くなる時。私はモモを胸に抱いていました。
夫のマッキーと両親が見守る中で、モモの呼吸が静かに止まりました。
その瞬間、私の一粒の涙が、モモの瞳の中に落ちて、そのまま溶けていった。

あの瞬間を、私は一生忘れません。

8年が経ちました。そろそろモモは、また生まれ変わってくる頃なのかもしれません。
モモが亡くなった時、私は、「また絶対にモモの魂に会いたい」「これからもずっと傍にいてほしい」そう願っていました。
でも今は、少し違う感覚があります。
モモは、肉体を持たない「天使のモモ」として、どこかで大活躍しているように感じるのです。
忙しいから、時々しか私のところには来てくれなくても寂しくない。

私も地上で、モモと同じように、地球や人のために、自分にできることを頑張っている。
だから今でも私たちは「同志」。
それぞれの場所で、それぞれのお役目を果たしている。そんな強い信頼があります。

そしてきっと。私がこの世を離れる時には、モモが迎えに来てくれる。
そんな気がしています。
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生まれてくる時、私たちは最初の呼吸をします。
そして人生の最期も、最後の呼吸によって、この身体を離れていきます。
私は、人はできることなら、静かで安心できる場所で、愛する人に見守られながら旅立つことができたらいいと思っています。
死を迎える時、感覚はとても敏感になると言われています。
だからこそ、静けさや安心できる環境、そして愛する人の声が大切なのだと思います。

「ありがとう」
「愛しているよ」
「もう大丈夫だよ」
「安心して逝っていいよ」
生きている間に伝えておくことも大切だけれど、最期の時にも、何度でも伝えてあげたい。
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もし今、あなたが誰かの死に直面しているのなら。
その大切な人にできる最高の贈り物のひとつは、その人やペットが地球を穏やかな気持ちで離れていくお手伝いをすること。

その人が自分の人生に安らぎを見出し、心静かに、愛に満ちた心で、微笑みを浮かべながら肉体を離れていけるように。

「あなたは十分に生きたよ」
「ありがとう」
「愛しているよ」
「もう大丈夫」
「安心して逝ってね」そう伝えてあげること。
そして、もし涙が出るなら、泣いてもいい。残される私たちは寂しいし、悲しい。
でも、その悲しみの奥には、深い愛がある。
だから、その人の魂を悲しみでこちら側に引き留めるのではなく、
「ありがとう。行ってらっしゃい。」と、愛を込めて送り出してあげる。
それもまた、愛なのだと思います。
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私は今、死を恐ろしいものとしてだけ捉えていません。
死は、終わりではなく、別の世界へ入っていくこと。

ひとつの人生を生ききった魂が、この肉体を脱いで、次の場所へ旅立つこと。
そう思うと、死というものの見え方が少し変わります。

そして私は、モモとの別れを通して、「死には癒しがある」ということを教えてもらったように思います。
死は美しい。別の世界へ入っていくところなんだと思います。
だから、誰かの死に直面している人へ。どうか悲しまないでね。
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写真は今は亡き、祖母とモモ。
読んで下さってありがとうございました。